プロフィール
プロフィール
思い出すと小さい頃から何かしらの生き物と一緒にいるという感覚があります。
住宅地とはいえ、周りはまだ田畑が広がっていたし、里山といった自然に囲まれていて、小さな虫たち、スズメやヒヨドリといった鳥達、庭にも様々な生き物たちが住んでいて子供の頃の遊びといったら田んぼや小川でザリガニやドジョウ、オタマジャクシ、タニシやメダカをとってきては家で飼育したりするのが好きでした。
それが高じて金魚が家族になり、ジュウシマツ、セキセイインコ、ハムスター、そして犬や猫たち
今気がついたけれど、今は大所帯の猫と初めて家族になったのは様々な生き物と暮らしてきていたのに1番最後なんですね。
猫と暮らし始めた時には、まだインコたちもハムスターや金魚、そして犬もいましたけれど、子猫だったからかもしれないけれど、考えてみればインコも金魚も犬も相性が良いとは言えないのに、仲良くとまではいかないまでも何となく折りあいをつけて、当たり前のように家族として暮らしていました。
私、「ふう」というハンドルネームは、1番初めに我が家に来てくれた黒猫の女の子の名前です。
誰か飼ってくれないか?と母がご近所さんに猫「ふう」を見せられ一目惚れをして連れ帰ったのが始まりでした。
当時、我が家には犬「チビ(女の子)」がいて、まずその子が大丈夫かどうか?と連れ帰ったものの本当に家に迎えられるのか迷っていたと後から母に聞いたのだけれど、網戸越しに果敢にもトコトコトコっと近づいていき、小さな体をめいいっぱい大きくして「フーッ!シャーッ!!」と声をはりあげた「ふう」。
そんな様子をちょっと興味深そうに目を見開いて見た後、なんとも優しい表情になった「チビ」。
瞬間的に「ああ、この子(チビ)は受け入れてくれるんだ」と感じ、この時から「ふう」は我が家の一員になったのでした。
「ふう」は、私が1番多感な時期に寄り添ってくれた猫でした。
気ままでお転婆でいつまでも子猫のような無邪気さを持っている猫。
初めての猫との暮らしは、猫ってこんな事をするんだ。あんな高い所にもジャンプしちゃうし飛び降りてくるし、気が向かないとフイッと行ってしまう。
それでいて夜寝ていると、自分から布団にもぐりこんできて体をピッタリとくっつけてくる。
ゴロゴロと喉を鳴らす音と、人より少し速めの心音が伝わってくる。そんなふんわりとしたぬくもりの幸福感。
今まで一緒に暮らしたどの生き物より肌の近い存在でした。
高校、大学と、自分が子供の頃から続けてきた事を専門的に学ぶ最中、たくさんの挑戦や喜び、そして葛藤していた時もいつもそばにいてくれた「ふう」。
その間、「ふう」自身にも死に直面するようなハプニングが幾度かあったけれど、強運なことにどれも切り抜けてきた「ふう」。
そんな「ふう」が少し元気がない?と母と話していて、ある時いつもは行かない納戸の奥に隠れていることがあって、異変に気付いた母が病院に連れて行ってくれた事がありました。
そして獣医さんに言われたのは、膿胸。
その日すぐさま胸に溜まった膿を抜き、とりあえずのお薬(抗生物質)を投与して、原因となる菌を特定する検査に1日かかるということでその日の夕方は家に帰ることになったのですが、家に帰ってから自力でトイレをしたあと数時間で「ふう」は虹の橋を渡って行ってしまったのです。
あまりに突然の別れに混乱しました。
こんなになるまでなぜ「ふう」の異変に気付けなかったたんだろう?
納戸の奥にこもってしまうちょっと前のあの時、呑気に撮った「ふう」の写真を、顔を眺めてはずっと問いかけていました。
後からその時の表情を読み取ると、確かにしんどそうな感覚が伝わってくる。
ふうの感じていることにもっと早く気付いてあげられていたら、ふうはまだ目の前にいたかもしれない。
ずっと一緒にいられるよね。
との想い(願い)は、いつか別れが来るのが分かっているから。
ふう から始まる猫との暮らし
猫たちは、私にとってそれまで以上に近く深い存在になっていきました。
そして必ず訪れる別れも、いろいろな形で直面してきました。
下半身付随でも19年生き抜いてくれた子。
交通事故で逝ってしまった子。
病で闘病の末、空へ還っていった子。
保護しようと思っていた矢先に亡くなってしまった子
その瞬間が訪れるたびに、
私自身に猫に対する知識がなかったばかりに、気づくのが遅れてしまったんじゃないか?
心配するあまりに、やり過ぎてストレスになってしまったんじゃないか?
もっと身体の状態や気持ちに寄り添っていたら。。。
薬やごはん、病院に行くことも本猫に説明してあげられたら、本猫も納得して治療も受けられたかもしれないのに。
あの時、ああしていたら。。。ああしなかったら。。。
どうしようもなく想いが堂々巡りをくり返している。
どの子も愛おしく、いつも愛と感謝を心に持ちつつも、必ずやってくる別れには後悔がいつもどこかに影を落として、納得しきれない自分がいました。
そして、東日本大震災の際に、行政の身勝手で福島警戒区域内に残されて多くの動物たちが家族と離れ離れのまま命を落としてしまったことを知った時、何とも言えない悔しさと憤りと無力感を味わいました。
それでもそこに残されて命をつないでいる子たちを懸命に救助している方々がいました。その事を知って、そのお手伝いに行った時に出会った子たちの瞳や表情、そして感じた声にならない声。
この純粋で愛おしい命たちの心に寄り添うことができたら。。。
そんな時に思い浮かんだのが、以前見聞きしたことのあるアニマルコミュニケーションでした。
人との言葉を持たない動物たちと意思疎通をして、気持ちをより理解しこちらの想いを伝えられる。
そんな能力を持った人が世の中にはいる。そんな力が自分にもあったら。。。。
そう思いながら、アニマルコミュニケーション習得講座を目にはしていたものの、それには特殊な能力を持っていなければできないと思っていました。
ある時、里親さんの元へ行った猫が家から出て迷子になってしまったことがありました。
里親さん宅の周辺を探しに行ったものの見つからず、里親さんも初めてのことでめい一杯でした。
私もそう直ぐに行ける距離ではなく、里親さんを励ましながらも気を揉む数日間。
離れていても何かできないか?
そんな時にまた思い浮かんだのがアニマルコミュニケーションでした。
そう簡単に探しに行けないもどかしさの中、何か手がかりが欲しい。
願いとも祈りとも言える想いを届けることができるなら「自分にもできると信じてやってみよう」と講座を受けることを決めたのでした。
