【猫てんかん】肺水腫、てんかんの重積発作からの闘病記録

これは、すうたんが今飲んでいるお薬。

数えてみると、9種類。

先日(7/28)、すうは肺水腫とてんかんの重積発作を起こしてしまいました。
昨年初めて発作を起こしてから、抗てんかん薬フェノバールで発作のコントロールをしていたけれど

一時は安定している状態から、部分的な痙攣から全身性の発作を起こすこと数回。
その度に薬の量が増えてきていました。

そして7月に入って、一般的には猫にとっても最大容量と言われるまでの薬の量になってしまいこの先のコントロールに不安を感じ始めた矢先でした。
猫にとっての最大容量
でも未熟児で身体の小さいすうにとっては負担になっているのではないか?

お薬以外で、少しでも身体の負担を軽くすることはできないか?

という想いから、
漢方や鍼灸、ホメオパシーなどのホリスティックな方面からのアプローチができる動物病院へ連れて行ったことが、今回の重積発作の引き金を引いてしまったのです。

猫はストレスに弱いのは充分わかっていたはずなのに、

お薬は増えたけれど、調子が良いように見えたすうに無理をさせてしまいました。
もうこのままお別れになるかもしれない。。

と何度も思いました。

その度に自分のしてしまった事の重大さに押し潰されそうになりながら

どうか、すうにもっと時間をください。連れていかないでと願ったり、

でも、すうが苦しいのなら。。
これ以上苦しい思いをさせたくない。
頑張れと願うのはただただ私のエゴで、すうには酷なことじゃないのだろうか。。。。
そうであるなら、これ以上頑張らせたくない。という想い。

感情的にはもうぐちゃぐちゃで、自分でもよく分からず
ただ、とにかく必死でした。

 

 

そして今、8月19日。

すうは私をまっすぐ見つめてくれています。
その生命力の強さ

弱気になった私や家族が恥ずかしくなるくらい
「生きたい!」という強い想いを、すうが伝えてくれました。
そんなすうに対して、私が諦める訳にはいかないのです。

ここまで、いろいろありました。まだこれからだって油断できない状態には変わりないないのですが、これからこの病気と上手くつきあっていくためにも、自分の備忘録として、

そして過去、自分が同じように情報を探していた時に、ネット上にあげてくださった実際の闘病記録がとても役にたったことと、何より励みになったことが何度もあったので、少しでも同じような状況の猫さんの参考になればと思い、記録を残していきたいと思います。

 

7月28日 急変のはじまり

初めての病院はいつもより15分程遠い場所。

昨夜、寝ているすうを見て、少し息が荒いかな?なんて母と話していたのも忘れるほど、朝のすうたんは兄弟たちと遊んで元気そうだった。

抗てんかん薬の第一選択薬と言われるフェノバールで、今のところ痙攣発作のコントロールはできているように思うけれど、薬の副作用も気になる。

すうは元々肝臓の数値が高めだったので、尚更ケアはしていきたいし。。

と漢方や鍼灸、ホメオパシーなど対応できる幅を広げておきたいと思っていました。

 

とても暑い日。

病院への移動中、キャリーの中のすうは、いつも通り中に入れた座布団をかぶって様子をうかがっていました。

運転席から、

「すう、そうやって隠れてると安心だね〜」

と話しかけると、目くばせして小さく「ひゅーっ!」と返事をしてくれる。(すうは、多分声帯が奇形らしく空気が漏れるような声で鳴きます。)

初めての病院

今までの経緯と直近数回の血液検査の結果を見せて、漢方を含めての希望を伝えると、本来なら予約を必要とする漢方相談の先生がいらっしゃるからと、その場で相談をさせていただけることとなった。

初診なので、次回、漢方の予約ができればと思っていただけに、思わぬ申し出にすうたんの運の強さとそういう時期だったんだとの確信と流れを感じたくらいでした。

漢方の先生とお話ししたところ、改めて必要項目の血液検査が必要との提案に躊躇なくお願いして、何のことはなくすうは採血を終えて戻ってきた。

猫さん専用の待合室で、キャリーに入って落ち着きなく動いて座布団の下に隠れたすう。

これもいつもの状況と変わりないと初めは思っていたし、待合室は私とすうだけで膝に抱いてあげることもできたので、時間が経てば落ち着くと思っていた。

すると、座布団の下に隠れていたすうが、突然もがくように顔を出した。
まるで溺れているような。。
そうこうしている内に、ハアハアと口呼吸を始めてしまった。

おかしいっ!!息がちゃんとできていないっ!

慌てて受付けに知らせると、すぐさま緊急処置のため、すうは奥へ。

残された私は、待合室で待つ間気持ちの整理がつかず、頭の中でいろいろな考えや思いが駆け巡っていた。
ストレスだ。
「猫は通院などのストレスに弱い 」とは良く言われる事だし、私自身、過去にそれを身を以て経験しているのに。

何てことをしてしまったのだろう?
もっと慎重さが必要だったのに。なぜ?どうして?

後悔と罪の意識でいっぱいだった。

どのくらい時間が経ったのか。。

しばらくしてすうのいる酸素室の前に呼ばれた。
酸素室の中のすうは、まだお腹の上下が速いものの目の光はしっかりとあって、

「何でボクここに入ってるの?でも、ちょっと苦しいんだけど、何でかな。。?」

とでも言いたげな表情で、こちらを見ていた。

獣医さんによると、何らかの理由で呼吸が異常な状態で、酸素濃度を40%にあげてこの状態なのだそう。

この呼吸の異常がストレスなどの一時的なもので落ち着いてくるのならば、少しずつ酸素濃度を下げていって外気と同じ程度になっても大丈夫なのだけれど。。
それまで、しばらく様子を見ていていいですよ。

とその場ですうを見守ることを勧めてくれた。

病院はもうすぐ診療終了となる時間だった。

すうの呼吸は酸素室のおかげか落ち着いてきたように見え、先生の言うようにこれで帰れるかもと私自身も少しホッとした気分だった。

ただ、時々身体をひきつらせるような痙攣が出るのが気になった。
大きな発作に繋がらなければ良いけれど。。。
と少し不安はあったけれど、この時はこのまま落ち着いて家に帰れると思っていた。

診療時間が終わっても、時間をかけて丁寧に酸素濃度を下げていって様子を見ることを優先していただいて、初めての病院だったけれどその対応にも安心感があった。

 

でも、酸素濃度が外気(21%位)近い25%くらいになると、期待に反してすうの呼吸が荒くなってしまったのだ。

このままではお家に連れて帰ることは難しいかもしれない。

でも入院といっても、観察用のカメラは設置することはできるけれど、22時以降は誰もこの病院にはいなくなるので、何かあっても処置をすることができないとの説明があった。

 

入院か家に連れ帰るかの決断に迷う

提案としては、2つ。

1.このまま酸素室で入院。

2.家に連れて帰って、何かあったときは深夜外来をしている病院に連れていく。

我が家の地域の深夜外来の病院といえば、家からこの病院よりも更に遠い場所にある。
何よりも酸素室もなく移動する負担を考えると、すうには耐えられるのだろうか?
かといって入院させて一人ぼっちで旅立ってしまったら。。。
どちらにも不安要素があって、万が一との隣り合わせ。
現状はまだこの状態がなぜ起こっているのかの原因がわかっていないので、その判断のためにも胸のレントゲンを撮ってもらう事になった。
そして、レントゲンの映像からわかったこと

心臓が大きい
肺にモヤがかかっている状態から、肺水腫の疑い

肺に水が溜まって酸素が取りこまれない状態になっていたのです。
まさしく溺れているのと同じ状況。
待合室でキャリーからもがくように顔を出したすうの顔を思い出しながら、先生の説明を聞く。

心臓のお薬(強心剤)と抗生剤、利尿剤を使って、水を抜きつつ、細菌感染抑え、心臓の負担を軽くする措置をする提案があり、すぐさまお願いした。

そしてすうたんの様子はというと、
呼吸はまだ辛そうな面もあるけれど、初めの頃より落ち着いて意識もある。

香箱を組んでいるし、目の力もわりとしっかりしているように見える。

酸素室のない苦しい状態で連れ帰るより、酸素室で呼吸の楽な状態で眠って過ごした方が良いだろうし、肺水腫から改善の措置が充分効果があがるのではないかとの期待もあった。

夜、すう1人になることへの不安と迷いはあったけれど、入院することをお願いしました。

先生もギリギリの時間まで診ていてくださるとおっしゃってくださっているし、朝は7時には先生がいらっしゃるというので、その間9時間。

すうは、いつも抗てんかん薬を飲んだ後は良く眠っていたので、きっと大丈夫だよね。。

病院からの帰り道、何度もそう自分に言い聞かせていました。
続きます。

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